【雑記】「自分の枠を超える」ということ、および、経営理念について
あけましておめでとうございます。笠原です。
まず、最近起こったことをつらつらと書いてみます。
1.昨日、笠原が所属している組合(?)において、
ベンチャー起業支援制度があることを知りました。
近い将来に起業予定があるため、
さっそくお話を伺おうと電話をした・・・という、即行動を起こしている自分に出会いました。
多分、組合に入ったときに、そういう制度があるお話は聞いていたと思うのですが、
「いやいやいやいや、自分には無理でしょ」という感じに聞き流して忘れていたんだと思います。
でも、今は率先して話を聞きに行こうとしている。
組合に入って、まだ3,4年だと思うのです。
その間に、経営の本を読んだり簿記の勉強をしたり多くのIT事業者と話しているうちに、
こういう風に変わった自分がいたのです。
2.昨日、機会があって読んだ「日経情報ストラテジー」という月刊誌を読んだのですが、
非常に面白かったのです。
情報システムを駆使してコスト削減に成功したり、業務改革を実現した実例などが掲載されている雑誌なのですが。
購読対象は、経営者・コンサル・現場マネージャー、リーダーなど。
やはり、ほんの3,4年前までは、こういう雑誌は読めなかったと思います。
「自分には無理」「きっと難しい」そんな風に思いながら。
でも、今は大変興味深く読めます。
この数年の間に、ITコーディネータ主催のセミナーに出かけたり、コンサル技法の本を読んだり、
情報処理の資格をとったり、自分の目指すものが何かを真剣に考えたり、
自分が足りないものが何かを認識して解決のための勉強などしていました。
自分は
「自分で壁を作りたくない、
あらゆる業界にいったとしてもそこそこやっていけるだけの能力がほしい」と思っていましたし、
そのために手始めに本をよく読んでいましたし、今も読んでいます。
手っ取り早い習得を目指すなら、資格取得が実は効果的だとも思って資格習得しましたし、
それも未だに実行中です。
人付き合いも決して悪いほうではないと思います。
色々な人と付き合う方向に以前から未だに向かっています。
なんていうか、そんな風に相手を理解しようとしたり、本から著者の知識を吸収しようとしたり、
事実として理解したりしていくうちに、
徐々に相手や知識と親和性がとれるようになっていって、
器も大きくなっていったんじゃないかなと思っています。
自分は人より人生を出遅れた部分があって、
その分を取り返そうと成長願望が人より強いと思っています。
また、自分の人生の中で「自由」というものに大きな価値を見出しています。
足りないと思うものを手に入れようとして、
手に入れれば手に入れるほどにさらに世界が広がっていって、
足りないものが増えていくという不思議な状況に陥ります。
でも、手に入れるたびに自分は自由になれたような気がしますし、
同時にさらなる世界の広さを感じ入り、また一つ世界に対しての敬虔さを覚えるに至るのです。
(もしかしたら、これは天国にいるのと同じくらい幸せなことなのかもしれません。)
そこにあるのは、自分の枠を超えてどんどん成長していく姿、なのかもしれません。
そうやって、受け入れられなかったことが受け入れられるようになり、器が大きくなっていくものなのかもしれません。
さて、長くなりましたが、
笠原システム開発の経営理念は、「自由と責任、そして成長」です。
上に書いたことは、結局のところ「自由を求めた結果」にあると思っています。
「責任を果たしながら、本当の自由がほしい」
↓
「それには能力が必要だ。スキルアップ・勉強をしよう」←ここにあるのは、足りないものと、それを充足させる努力
↓
「勉強・スキルアップすればするほど、自由が手に入る。でも同時に世界の広さが見える。」
↓
「世界の広さが見えれば見えるほど、自分が小さく見えてくる。ゆえに世界の広さに敬虔になれる。世界がとても大きくすごいものに思える」
↓
「成長する。器が大きくなる。深い幸福感。以て、周囲や世界に貢献し、幸福や喜びを分かち合おうとする」
↓
「さらに自由になれるために勉強をする」
↓
「さらなる自由と、さらに広がる世界の広さ」
↓
(・・・繰り返し。)
笠原がやっていることは、結局こういうことなんだな、と思います。
経営理念は、自分が大切にしている言葉で構成されているので、
その体現はけっこうしやすいのかもしれませんが。
また、今の形は別の形にとって代わるかもしれませんが。
まあ、なんていうか。
ここで書いていることはつまり。
自分のやっていることがちゃんと自分の求めている形になっていることに気づいたことへの小さな感動や、
成長している自分への喜びとか、
器は物事に対しての姿勢とか努力とか生き方により広がっていくものだという気づきとか。
そんなものを書き留めておこうと思ったのです。
2012年一番最初の記事はこんな話でしたが、
何か拾えるものがございましたでしょうか?
それでは、今年も皆様、よろしくお願いいたします。